ベイト剤を食べたシロアリが実際どうやって殺虫されているのか検証してみました

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Researcher

研究者プロフィール
田中 勇史

研究室長 2007年入社

シロアリ業務技術開発課専任課長

大学では昆虫類の研究に携わる。2007年テオリアハウスクリニックに新卒入社。 これまで3000件を超える家屋の床下を調査。皇居内の施設や帝釈天といった重要文化財の蟻害調査も実施。 大学の海外調査にも協力。

interview

はじめに

シロアリ駆除という言葉

その名の通り、シロアリをやっつけるための方法なんですが、ほんと昔は一辺倒に「液剤を床下に散布」、入れなければ「基礎を削って」といった、ある種強引な対処も当たり前のようにされていた記憶がありますね。

ただ、時代も変われば施工方法も変わるもの。

まぁそれも当然のことで、これまでの過去の歴史の中で見てみればシロアリ駆除のやり方って結構目まぐるしく変化していってるんですよ。

そんな劇的な進化を遂げてきた駆除方法の中でも、今までの駆除の在り方を根底から覆すような衝撃の方法が編み出されたのが今からおよそ40年前のこと。

アメリカで誕生したその防蟻手法. . .名前をベイト工法と呼び、いわゆる今までの建物に対して対策を取るという方法から一変し建物外、つまり建物側には手を加えずとも駆除ができてしまうというそれはもう画期的な方法が生まれたんです。

この方法は、ベイト剤と呼ばれる毒餌を地中に埋め込んでおくと、やってきたシロアリが毒餌を食べて、それを巣に持ち帰えってもらうことで最終的に巣が完全駆除されてしまう仕組みになっています。

これによって、従来の建物にシロアリを入れさせないように対策を取ってきたやり方から敷地内にいるシロアリの数を減らすというやり方に変わったと言えますね。

私もシロアリ業と関わるようになって15年以上経過したわけですが、このベイト工法で施工した物件はもう正直数え切れない程対応してきました。

ですが、私たちのようなプロの立場からしても現場では確認できない、しようもないことって実はたくさんあることをご存知でしょうか。

その中の一つにベイト剤を食べたシロアリは実際のところ、どうやって死ぬのかというものがあります。

もちろんのこと、これだけ長いことベイト工法に携わっていればね、「シロアリはこうやって死んでるんだよ」なんて話いくらでも耳に入ってはきますよ。

もう結論を言ってしまえば、ベイト剤の仕組みはIGRという脱皮阻害からくる殺虫効果なのだから、当然シロアリは脱皮できなくなって死に至ることになるわけです。

でもね、私が知りたいのはそこじゃなくてどう脱皮できなくなるのというところなんですよ。

そもそも脱皮の行動すらできないのか、いわゆる脱皮不全のように中途半端に殻が脱げて正常行動が取れずに死ぬのかなどなど私の興味は尽きることはありません。

初めに言っておきますが、これがわかったところでシロアリ駆除にはなんの関係もないです。

シロアリを駆除するにあたってシロアリがどう死ぬかなんていうのは、シロアリ業者にとってはあまり意味のないことですからね。

この方法で駆除ができる、できたというほうが重要なんです。

これはもう完全に私の単なる興味に過ぎないんですけど、見たことがないことを純粋に見てみたいというこの好奇心と言うんですかね、これは昔から変わらないことだし、おそらくこれからも変わることはないんだろうなとは思います。

ですけど、この好奇心からくる未知の世界を見てみたいという欲求って、生物行動学ではとても重要なことで、ここを突き詰めていくことによって新事実の解明であったりシロアリ駆除で言えば、新たな施工方法への道が開かれていくそんな可能性を秘めていることは決して否めないと私は思います。

じゃあ実際に試してみようということで、今回はベイト剤をシロアリに食べさせて殺虫の仕組みを間近で観察してみたいと思います。

使用した材料

では、今回試験に使用した試験区の材料や作成方法についてご紹介します。

材料

  • プラスチック製シャーレ(6cmシャーレ)
  • 巣材(エンシステックス株式会社製エクステラベイト剤:レクイエム)
  • シロアリ(職蟻:20匹)

使用する材料に関しては広い環境下で試験を行ったり、別の巣材が入っていたりすると正確なデータが得られにくいことや効果が出るまでにより多くの時間がかかってしまうことからできるだけ狭い閉鎖空間での試験を行っています。

用いたシロアリ

今回は分化の過程を見るものではないので、各シロアリの成長段階はランダムに設定しています。

試験手順について

シャーレに巣材を詰める

巣材として使用する基材は、今回IGR剤の効果を検証することを目的としているため、すべて毒餌を用いています。

使用する毒餌には、粉末状で練りやすく、シャーレに敷きやすいなどの条件を満たすものとして今回はエンシステックス社製のエクステラベイト剤レクイエムで検証を行いました。

作成した基材をシャーレに詰める時には、今回ある程度の食害を受けないといけないため厚さは5mmで設定。

シャーレにシロアリを放つ

シロアリを投入した後は、今回基材を比較的厚めに敷いたとはいえ、乾燥はし易いことからシロアリが弱る可能性も考慮して定期的な水分補給を心がけます。

観察の開始

作成した4試験区の中で、それぞれ投入したシロアリが実際どれくらいの期間で効果が現れ、どういった殺虫の仕組みを見せてくれるのかを観察しました。

実際試験を開始する前に事前予測をしてみることにします。

私の予想では今まで現場で見てきた状況や今回より強制喫食に近い形での試験を実施していることから、効果発動期間はだいたい2週間~1ヶ月程とみました。

また、IGRの効果である脱皮阻害の影響は、脱皮できずに殺虫されるということからむしろ何も変化はなく、そのままの格好で殺虫されるんじゃないかな。

果たしてどういった結果が得られたのか非常に気になりますね。 

観察結果

1. 死亡率

毒餌による駆除の真の目的は巣内にいる女王と王の死にあります。

まぁ、全種のシロアリの巣がこうなってるわけじゃないけど、結構縦横無尽に道が張り巡らされた迷路のような空間になっているうえに、最も重要な存在である女王と王は巣の中で一番頑丈な王室という場所で守られているんです。

その鉄壁の最深部にまで毒餌の効果を行き渡らせるためには、シロアリが食べた直後にすぐ効果が出てしまっては何の意味もないんですよね。

その点ベイト工法(毒餌を使った駆除方法)というのは非常によく考えられた施工方法で、そうですね、一つ例を上げますと私たち人間って巣の場所や女王と王がいる王室の場所を100%的確に見つけ出すなんて正直できないですよ。

なんですけど、じゃあ分からないんであればシロアリに自ら毒を運んでもらえばいいじゃんというのがベイト工法の凄いところ。

シロアリに運んでもらえれば、シロアリは自分の家に帰るだけですから迷うこともなく100%確実に巣全体に毒餌が届けられる仕組みになっているんです。

まぁ、これを実現するためには運び屋の働きアリが真っ先に毒で死んでしまっては元も子もないんで、実は効果発動時間をわざと遅らせてるんですよね。

そういうことで、効果発動までの時間がかかるのが特徴の一つなんですけど、その変化というのは概ね2〜3週間辺りから現れ始めます。

グラフからも見て取れますが、今回の試験において2週間前後から急に変化が現れ始めたのはそのためです。

ここまでは、私も長年ベイト工法に携わってきてますので分かっていたことですが、ほんとに気になるところはその先なんですよ。

どうやってシロアリは死んでいくのか、今まで見れなかった脱皮阻害の効果について、その真相に迫ってみたいと思います。

2. 死亡個体の特徴

その効果を見るには全死亡個体の特徴を観察するほかありません。

試験期間中に死亡した個体の特徴を一つずつ見ていくと、予想に反して面白い結果が得られました。

脱皮阻害というと私のイメージでは完全に脱皮ができない、つまりその行動すら行うことができずに死ぬものと思ってました。

ところが、各個体の頭部を確認すると面白いことに頭が割れて中から新しい体が抜け出ようとしているちょうどその段階で死んでいるみたいなんです。

すべての個体に同じ症状が見られていたので、間違いなくベイト剤による脱皮阻害の仕組みは、脱皮行動そのものは行われるもののその脱皮は失敗するというものでした。

このことを書いていてふと思ったのですが、これ女王や王に毒が回るというよりは巣の中で全役割の大半を担う職蟻(働きアリ)全体に毒が行き渡ることで最初に職蟻の死滅が発生し、職蟻から餌を供給されなくなったことで女王や王は最終的に餓死していくというのが正しい駆除の流れで、女王や王への直接的な毒の効果はないような気がします。

よくよく考えてみるとそもそもな話、女王や王って脱皮しないですからね。

さいごに

今回は、シロアリベイト剤での脱皮阻害の仕組みを実際に確認してみましたが、こうやって普段見ることができない世界にちょっとおじゃましてみるのも結構楽しいものです。

これを見れたから何?ということもないんですけどね、新たなシロアリ駆除の方向性を見つけるためには絶対に必要な寄り道なのかもしれません。

ちょっとした疑問や些細な出来事にもしっかりと目を向けて、その一つ一つを線で繋いでいくのも私は悪くないと思います。

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