薬剤の伝播はこうして起こる?:他個体間グルーミング説は正しいのか検証してみた
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Researcher
- 田中 勇史
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研究室長 2007年入社
シロアリ業務技術開発課専任課長
大学では昆虫類の研究に携わる。2007年テオリアハウスクリニックに新卒入社。 これまで3000件を超える家屋の床下を調査。皇居内の施設や帝釈天といった重要文化財の蟻害調査も実施。 大学の海外調査にも協力。
interviewはじめに
シロアリの薬剤伝播の仕組みについては、体に付着した薬剤が仲間の間でグルーミングされることによって広がると言われています。
ですが、この仕組みを目にする機会はそうそうないため、その伝播の流れは本当なのか私は少々疑問でした。
そこで今回はこの素朴な疑問を解明すべく、真相に迫ってみたいと思います。
結論:伝播の仕組みを紐解く新たな見解!
はじめに結論から言ってしまうと、様々な調査を経た結果、私の中で考えていた仮説が最終結論として出た形となりました。
伝播の仕組みの最終結果は以下の通りです。
幾つかの観察を行ったところ、他個体間でのグルーミングはほぼなくランダムにぶつかり続ける個体が多く見られたこと、自身のグルーミングは行われること、そして結果全ての個体に薬剤はちゃんと伝播したことから考えて私の最終結論はこうなりました。
- 薬剤に触れ巣へと戻ったシロアリは、様々な接触を経て他個体に薬剤を移動させる。
- その後新たに薬剤が付着したシロアリは、自身のグルーミングによって薬剤成分は取り込まれ死に至る。
この結論に行き着くまでには様々な試験を行っているわけですが、その間にも非常に興味深い面白いデータを見せてくれていたので以下に紹介しておきます。
結果から見えた事実!:他個体間グルーミングに疑問?
まず最初の試験の段階から、もう「仲間同士でのグルーミング説は間違いなのでは?」という結果が実験では得られていました。
結果としては、初日の後半から行動異常が見られ、2日以降死亡個体の増加、3日目の段階で全ての個体の死滅を確認し、伝播はしっかり行われたことは確実なんです。
ただ、この伝播が行われたという結果で疑問に思ったことがあります。
それが観察を続ければ続けるほど見えてくる、思ったほどシロアリがグルーミング行動をしないという事実。
私もはじめは、仲間に伝播するんだから普通ならグルーミングを考えるものですが、正直そもそもグルーミングをほぼしないというのには驚きましたね。
グルーミングをしないにも関わらず伝播は起こる。なんとも?な結果に、これはもう別の伝播の仕組みがあるに違いないという結論に至りました。
ただ、一つ最初の実験で失敗したことが強制接触個体にのみマーキングをしていたため、伝播が起こったことは確認できましたが、流れが見えなかったのです。
そこで、2つ目の実験を行うことにしました。
手順は同じですが、1シャーレに投入するシロアリ量を減らし、グルーミングしていった順にマーキングをして観察をしていくものです。
実験を開始して早々に、やはり最初の実験同様グルーミングがほとんど行われないことを実感しました。
結局、最初にグルーミングをした個体にだけマークを付けられましたが、その後グルーミングは観察できませんでした。
ところが、よく観察をしていくとある特徴が見えてきました。
それはよく仲間とぶつかるということです。
6cmシャーレとはいえ、ランダムに行動している割に頻繁に頭を他個体の腹下へと潜り込ませるように突っ込む個体をやたら多く観察できました。
そこで、実際にどれほど他個体との接触があるのかを見てみることに。
2時間に渡り、あの小さなシロアリを目で追ってぶつかる度に記録を付ける作業は骨が折れる作業ではありますが、結果はなんと500回を超えていました。
同時間中のグルーミング回数も記録しましたが、たった3回のみ。
つまり仕組みの流れで見えてきたのは、伝播は少なくとも他個体とのグルーミングでは起こっていないのではないかということです。
じゃあ、その仕組みの流れはどのようにして行われているのでしょうか?
ある仮説を立てて見たいと思います。
考えられることとしては3つ、一つはこれだけ接触が頻繁に起こっていることからぶつかった際に薬剤が付着して、その後の薬剤効果の発動は自身のグルーミングによって体内に取り込まれた結果起こっている可能性。
もう一つは地面でシロアリが薬剤に触れる際に、付着する場所と言うと足先やお腹の下部になります。
歩いているうちに地面に薬剤が付着して、それがまた別個体へと移り、やはり自身のグルーミングによって効果が発動している可能性が考えられるのです。
そして3つ目は、伝播というよりも単純に薬剤に触れたことによる接触毒性が起こっている可能性も考えられますね。
この3つ目の仮説に関してはもう少し試験を続けての検証が必要かと思いますので、今後また別の機会に結果をお伝えできればと思います。
今回の試験においては、グルーミングに着目しての結論を出してみたいということで、ここから3つ目の検証を行ってみることにしました。
実際自身のグルーミングは行われるのかを確かめてみます。
こちらも2時間の観察を行い、結果はトータルで70回の自身グルーミングが観察できました。
それに、グルーミングを行っている場所は決まって頭周辺~前足にかけて行われているのがわかります。
接触の際、最も多かったのは頭から他個体の腹下に潜るような感じで突っ込んでいました。
これは単なる偶然ではない気がしますね。
この実験にはまだ最後の確認が残っています。この後、実際に薬剤効果が発動ししっかりと伝播が起こるのかということになります。
効果が発動しなかった場合、また別の理由を考える必要がありますが、私の中では仮説1が有力ではないかと思っています。
仮説2は確かに付着する薬剤はあるとは思いますが、それにしても地面に残る薬剤量は極微量なはずです。これが他個体に移動するとはあまり考えられないということで可能性は薄いとの判断に至りました。
この結果が、初めにお話しした私の中での最終結論へと繋がっていくことになります。
実験準備~手順
ここで実際どのように試験を行ったのか準備も含め、手順等を軽く紹介しておくことにしましょう。
試験区の準備
・容器:6cmシャーレ×5
・供試虫:ヤマトシロアリ職蟻10匹(成長ステージはランダム選定)×5
使用薬剤
・コシチアズ:遅効性効果の高い薬剤を使用することで効果を検証しやすくなる。
800倍希釈
手順
- 供試虫の確保:1試験区につき10匹×5セット
- 別シャーレに薬剤強制接触用個体を5匹確保
- 強制接触用個体にペイントマーカーにて印を付ける
- ペイント済個体を全て薬剤に強制接触させる:薬剤接触時間は10分
- 強制接触個体をそれぞれ1のシャーレに入れ、行動を観察し記録する
最後に
今回の試験で見えてきたことは、普段私達の生活の中では確認できない部分でもあります。
でも一般の方からすると、「この薬剤は安全かつしっかりと効果を発揮し、シロアリを確実に駆除できて建物を守ることができる」という結果が重要であり、シロアリが薬剤に触れたあと巣の中でどのような行動をして薬剤が行き渡っていくかを想像する人は少ないのかもしれません。
ただ新たなシロアリ防除の道を切り開くためには、こういった地道な行動観察って実はとても重要で欠かせないものなんですね。
もしシロアリの全ての行動が理解できたとしたらと考えると、「より効率的かつ安全な薬剤処理の姿」、「駆除だけでなく建物からの忌避」、「シロアリと上手く共存していく道」、「薬剤に頼らない新たな防除の世界」などなど今後切り開かれていくであろう新しいシロアリ防除の姿はたくさん見えてくるんです。
シロアリは非常に身近な存在ではあるんですが、未だ解明されていない事実はおそらく数え切れないほどあり、今後もたくさんの面白い発見や事実が解明されていくと思いますし、私もその中の一人になりたいと考えています。
そのためにも、地味なことは多々あるかと思いますが、私が疑問に思う様々なシロアリの行動についてはこれからも試験を重ね、事実を追求していく所存です。
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