虫目って知ってる?
- その他

Index
目次
Researcher

- 田中 勇史
-
研究室長 2007年入社
シロアリ業務技術開発課専任課長
大学では昆虫類の研究に携わる。2007年テオリアハウスクリニックに新卒入社。 これまで3000件を超える家屋の床下を調査。皇居内の施設や帝釈天といった重要文化財の蟻害調査も実施。 大学の海外調査にも協力。
interview好きが高じると、目まで変わる?
誰にでも「職業病」ってありますよね。
美容師さんなら人の髪型ばかり見てしまうとか、建築関係の人なら街を歩けば建物の構造や材質に目がいってしまう。
そんなふうに、仕事で培った感覚が、日常の中でふと顔を出す——これって実はけっこう面白いものです。
私にも、ついつい普段の生活で出てしまう“クセ”があります。
それが、自称「虫目(むしめ)」。
名前の通り、“虫に反応する目”のことなんですが……たぶん一般的にはかなり変わった症状だと思われています。
気づけば“虫”が目に飛び込んでくる理由
虫目というのは、別に視力がいいわけではないんです。
むしろ私は視力0.2くらいしかないんですが、それでも虫は見つけてしまう. . .不思議でしょう?
虫目というのは、日々小さな生き物の動きに意識を向ける職業をしているうちに、自然と身についた感覚なんじゃないかなぁと思います。
地面を歩く微細な動き、葉の裏にわずかに覗く影、壁にとまる虫の静かな気配. . .普通の人が見逃すものが、こちらの目には“違和感”として浮かび上がってくるんです。
おかしな仕草は日常茶飯事?
歩いていると「何見てるの?」ってよく聞かれます。
だって、私の目線は常に下。地面を見つつ、全体をぼんやり捉えているような感じ。
虫がいそうな“気配”があると、反射的に目線が止まってしまう。
気がつけば、「あっ、あれ!」と口に出してしまってることもあります。
しかもそれが10メートル、15メートル先であっても「あれは◯◯だね」なんて特定までしてしまう始末。
自分でも時々「怖っ」と思うほどです(笑)。
道端を歩く“新女王”を即座に見分けろ!
虫目の感覚をもっともよく表しているのが、「あ、今の女王アリだ!」と一瞬で見抜いてしまうことです。
一年のうち、ある時期になると、“普通の虫たち”にまぎれて、道ばたを歩く新女王アリ※1を見かけることがあります。
※1:結婚飛行を終えて、新たな巣の女王となるアリ
ただ、アリたちの行列の中にいるわけではなくて、単独でどちらかと言うと、ふらふらと何かを探しているようなその姿。
虫目を持っている人間は、そんな新女王アリを、他の働きアリや虫たちの中から即座に見つけてしまうんです。
判断基準は主に三つ。



- サイズ感の違い:女王アリと働きアリでは体格差がかなりあるので、虫目で見分けるときにはまず サイズを見る、というのがいちばん手っ取り早いかもしれません。
- 形状の違い:翅を落とした直後の個体には、翅根部と呼ばれる翅の名残が胸部に強く残ります。また特に胸がぐっと発達していて、明らかに形状も違うので、目立つんです。
- 歩き方の違い:目的地が決まっていない、そんなふらついた感じ。働きアリのような直線的・効率的な動きとは違い、「迷ってるな」と感じる歩きです。
この三つをほんの一瞬で頭の中で照合して、「あれ女王だね」と無意識に口にしてしまう…もうここまでくると、ちょっと笑えるレベルですよね。
「気づく目」はこうして育つ
もしこの仕事に就いていなければ、今ほど地面に目を向けることもなかったかもしれません。
昔から生き物には興味があって、虫を「気持ち悪い」と感じたことはなかったけれど、それでもこんなふうに一挙一動にまで反応するような体質ではなかったと思います。
今では、目に入る虫の姿に体が勝手に反応してしまう。立ち止まって、見て、名前が頭に浮かんで、特徴がスッと出てくる。
たとえ意識していなくても、もう「虫を見逃す」ということが難しくなってしまいました。
興味から始まったこの感覚は、仕事を通じて磨かれ、“目”として染みついていったんだと思います。
これはもう“職業病”という名の誇り
虫目って、確かに傍から見れば「変なクセ」「ちょっと怖い能力」に見えるかもしれません。
無意識に足を止めて地面を見つめたり、虫の動きにだけ過剰に反応したり──普通の人からすれば、まるで違う世界を生きているように見えるでしょう。
でも、私はこの「虫目」がある自分を少し誇りにも思っています。
なぜなら、それは自分が日々、真剣に向き合ってきた仕事の積み重ねが作った“見え方”だから。
努力や経験が、視界そのものを変えてしまったんです。
虫目は、ただの視力の話ではありません。目の良さではなく、目の使い方、感覚の方向が変わってしまうんです。



無意識にでも、微細な違和感や動きに気づいてしまう──それは、ある意味で職人の感性にも似たものかもしれません。
もしかすると、あなたにも何かありませんか?
いつの間にか染みついてしまった“目線”や“反応”。
仕事や趣味を続ける中で、他の人とは違う感覚が育ってきたという経験。
たとえば建築士の人が、どんな建物でもつい構造を眺めてしまったり、調理師の人が初対面のご飯をじっと観察してしまったり……それぞれにきっと「○○目」があるはずです。
虫目は、そんな“感覚の変化”が最も顕著に現れる例かもしれません。
そしてそれは、決して恥ずかしいことではなく、自分が大切にしてきた時間の証。
言ってみれば、仕事に本気で向き合った人だけが持てる、ひとつの“勲章”みたいなものです。
また機会があれば、「虫目あるある」や“虫にしか見えない世界”について、もっと紹介していけたらと思っています。

皆さんの「自分だけの見え方」、それもきっと素敵な“職業病”かもしれませんよ。
Related
関連記事
view all