「シロアリ薬剤はゴキブリにも効く」の噂は本当?検証してみた①
- 検証
- 薬剤
Index
目次
Researcher
- 田中 勇史
-
研究室長 2007年入社
シロアリ業務技術開発課専任課長
大学では昆虫類の研究に携わる。2007年テオリアハウスクリニックに新卒入社。 これまで3000件を超える家屋の床下を調査。皇居内の施設や帝釈天といった重要文化財の蟻害調査も実施。 大学の海外調査にも協力。
interviewこんにちは。田中です。
お客様からよくいただくご質問の1つに
「シロアリの薬剤はゴキブリにも効くって聞いたんですけど実際のところどうなんですか?」
というものがあります。
これは本当に薬剤の効果によるものなのでしょうか?それとも偶然の結果に過ぎないのでしょうか?
試験をして確かめてみましょう。
試験に使用する4種類の薬剤
今回の試験ではシロアリ駆除でよく用いられる
- ネオニコチノイド系薬剤(クロチアニジンを主成分とするもの)
- ピレスロイド系薬剤(ビフェントリンを主成分とするもの)
を使います。
シロアリ薬剤は一般的に床下の地面に処理するための「土壌処理剤」と木材に対して処理を行う「木部処理剤」に分かれます。
試験においてもこの両方で検証をしてみようと思います。つまり
- ネオニコチノイド系の土壌処理剤
- ネオニコチノイド系の木部処理剤
- ピレスロイド系の土壌処理剤
- ピレスロイド系の木部処理剤
の4種類の薬剤を試験に使う、ということですね。
この記事では現時点での検証結果として、「ネオニコチノイド系薬剤」の効果に焦点を当ててご紹介します。
試験にゴキブリの「幼体」を使う理由
今回試験に使用するゴキブリですが、日本のクロゴキブリやチャバネゴキブリを集めることが困難であることから(自力で集めるのはとても大変!)、販売されている「トルキスタンゴキブリ」の幼体を使用します。
ここで「え、どうして幼体を使うの?」と思われるかもしれませんが、それはなるべくシロアリとのサイズ差をなくすためです。
かぜ薬でも大人用と子供用では入っている成分の量が違いますよね?同じ薬剤でも体の大きさで効果の出方が大きく変わってしまうのです。
今回は薬剤の「遅効性」についても調べたいので、体格があまりにも違うと「体格が違うから効くのが遅いのか?薬剤が遅効性だからなのか?」の判別が難しくなってしまいます。
そこで、なるべく体の小さな幼体を使い、元々の体格の条件をフラットにした上でゴキブリへの有効性を確かめよう、という意図があります。
それでは、このトルキスタンゴキブリを使って、実際に薬剤試験を行ってみることにしましょう。
薬剤試験の全貌
試験区はこれまで実施してきたシロアリの試験と同様に2セット組みます。
①試験に使うゴキブリを用意
まずは試験に使用するトルキスタンゴキブリをそれぞれ10匹ずつ用意します。
②試験に使う容器の準備
試験に使う透明な容器を準備します。試験容器内の真ん中に薬剤を浸み込ませた紙(ネオニコチノイド系の薬剤)をセットし、片側にゴキブリを放ちます。
③ゴキブリの変化を観察
薬剤がゴキブリに影響を及ぼすのかどうか、効果を検証していきます。また、薬剤そのものを避けようとする反応(忌避反応)が現れるのかについても観察します。
試験で注目すべき点
試験で注目すべきは
- 忌避性
- 遅効性
の2種類の特性がどのようにあらわれるかを確めます。
ネオニコチノイド系は基本的にわざと遅く効果が発動する遅効性の薬剤です。
これはシロアリが仲間同士で互いの舐めて綺麗にし合う「グルーミング」という性質を持っているからで、体に付着した薬剤を次から次へと伝搬させるのが狙いです。
忌避効果がないのもこの目的を邪魔してしまわないようにするためですね。
これらの思惑はゴキブリにも通用するのでしょうか。
確かにゴキブリは形となるような巣を作りません。しかし仲間同士で集まる場所を作り共同生活をしています。
また、シロアリ同様に仲間同士でのグルーミングも行いますので、これらの事を踏まえるとゴキブリであってもシロアリ薬剤で効果は出てもおかしくないはずですが・・・
早速実際の結果を見てみることにしましょう。
ゴキブリに対する忌避効果の有無を検証
まず、ネオニコチノイド系薬剤の大前提である「忌避効果」が出ていないかどうかを確認してみましょう。
触角が薬剤層に触れた時、ゴキブリは少々嫌がっている様子でした。同じ条件で躊躇せずに突っ込んでいったシロアリと異なり、少し敏感なようです。
これはゴキブリの触角がシロアリよりもより多くの情報をキャッチしているからだと考えられます。
とはいえ、ケース内に放たれたゴキブリは最初こそ警戒している素振りを見せたものの、徐々に薬剤層に向かって移動する個体が増え、最終的には何の問題もなく薬剤上を通過する行動が確認できました。
ゴキブリに対しても忌避効果が出ていないことが分かります。
薬剤の効果は現れている?ー1日目ー
続いて実際の薬剤効果に関して
ヤマトシロアリの場合、効果は1日で発動し全ての個体に伝搬しました。
また、アメリカカンザイシロアリの場合は体格の違いからか、全個体に伝搬し効果が出たのは一週間後という結果でしたね。
では、ゴキブリではどうなったのでしょうか?
まず、個体から個体への薬剤の伝搬に時間がかかっており、なかなか効果が現れないようです。
これはアメリカカンザイシロアリに近いものがありますね。
試験開始から一日が経過した現時点で、数匹の個体が死亡しているのが確認できていますが、多くの個体は特に何事もないかのように元気です。
伝搬がヤマトシロアリのように上手くいかない理由に、シロアリとゴキブリの「グルーミング行動の違い」が考えられます。
ゴキブリは仲間同士でのグルーミングも行いますが、シロアリに比べ自分で自分の体をよく掃除します。
そのため、シロアリに比べて自分で薬剤を取り入れてしまう個体が多く、自滅してしまっているのかもしれませんね。
まだ9割の個体が生き残っていますが、これがさらに時間の経過と共に効果が発動されるのか、その経過を追う必要がありそうです。
1週間後、明らかな変化が生まれる
初日はあまり伝搬が上手く行ってなさそうに感じられたクロチアニジンですが、試験開始から1週間が経ってどのような結果になったのでしょうか。
グラフにまとめてみました。
2日目の死亡率は、処理区1で30%、処理区2で40%という結果が得られました。
このまま経過を一週間見ていくと面白い結果が見えてきました。
3日目の死亡率は処理区1で35%、処理区2で52%
4日目の死亡率は処理区1で40%、処理区2で59%
5日目の死亡率は処理区1で40%、処理区2で63%
6日目の死亡率は処理区1で45%、処理区2で70%
7日目の死亡率は処理区1で45%、処理区2で74%
という結果が。
処理区1と2で大きな差が生じたのです。これは同じ薬剤なのに効果の出方にばらつきが出てしまうことを意味します。
ゴキブリに対しての効果の有無は?
今回の結果から何が見えてくるのでしょうか?
結論を言えば、薬剤の効果はゴキブリに対して全く効かないということではないが、ゴキブリに対しては完璧ではないということです。
確かにネオニコチノイド系薬剤をゴキブリの体内に取り込ませることさえできれば、効果を発動させることは可能と言ってよいでしょう。
しかし効果にかなりのばらつきが見られることから、ゴキブリの立体的な動きにはなかなか対応しきれていないようですね。
シンプルな試験容器の中ですらこのような結果になるわけですから、床下においてはこの傾向はより顕著になると思われます。
同じ仲間に分類される生き物であっても、種類によって行動や生息環境は異なります。
シロアリは地面の下から上がることしかできませんし、地面を這うことしかできません。それに対してゴキブリは飛ぶこともできれば立体的にも行動できので、至る所から侵入が可能です。
床下全面に薬剤を散布すれば、シロアリの場合は確実に薬剤に触れる状態になります。しかしゴキブリの場合はそうはいきません。
シロアリよりも薬剤に触れる確率が低いのです。
シロアリ専用薬剤である以上、床下に薬剤処理を施したからといってゴキブリがいなくなることには直結しないということですね。
薬剤効果を可視化した試験データというのは世間的にもまだまだ多くはありません。ただ薬剤を何も考えずに散布するのではなく、こういった情報も増やしていく必要があると考えています。
ネオニコチノイド系薬剤の検証結果ではこのようになりましたが、ピレスロイド系薬剤に変わればまた違った結果が得られるのかも知れませんね。
というわけで、次回もお楽しみに!
Related
関連記事
view all