カンザイシロアリの生存能力を圧倒的に高める「分化」の秘密
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Researcher
- 田中 勇史
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研究室長 2007年入社
シロアリ業務技術開発課専任課長
大学では昆虫類の研究に携わる。2007年テオリアハウスクリニックに新卒入社。 これまで3000件を超える家屋の床下を調査。皇居内の施設や帝釈天といった重要文化財の蟻害調査も実施。 大学の海外調査にも協力。
interviewこんにちは。田中です。
今回はアメリカカンザイシロアリを対象とした「分化」についての実験をご紹介します。
そもそも分化という言葉自体、あまり聞きなれないかもしれませんね。
分化は、アメリカカンザイシロアリの生態、駆除が非常に困難である現状を理解する上でとても重要なキーワードです。
しかしながら、私自身これまで10年以上カンザイシロアリの駆除に関わってきましたが、分化を自分の目で確かめる機会は一度もありませんでした。
そこで今回はその秘密を解き明かすべく、アメリカカンザイシロアリの「分化」を発生させるための実験を実施することにしました。
シロアリの5つの階級と分化
まずはシロアリの5つの階級と分化の関係についてご紹介しようと思います。
昆虫の中には、一つの巣の中で1匹1匹の個体が役割を持っていて巣全体が一つの社会のように見えるものが存在します。
そういった昆虫のことを「社会性昆虫」といいます。
シロアリも社会性昆虫の一種で、役割ごとの集団の分類を「階級」と呼んでいます。
シロアリの世界には5つの階級があることが知られています。シロアリは巣の状況に応じて基本となる職蟻階級から別の階級へと変化することが知られており、この行動を「分化」といいます。
女王・王階級
巣の中の頂点、巣を構成する階級の中で最も重要な階級。
職蟻階級
巣内の90%を担う最も数の多い階級。餌を取る、巣を作る、卵や幼虫などの世話など大体の仕事をこなしている。
兵蟻階級
巣内において外敵が来た際の防衛にあたる階級。
ニンフ階級
次世代の女王・王に変化する一つ前の階級。もう一段階脱皮をすると羽蟻となる場合が多いが、羽蟻にはならず二次生殖虫へと分化をするものもいる。
二次生殖虫階級
主に女王の代わりを担う階級。副女王・副王と呼ばれることもあり、女王や王がいなくなった場合の代わりやヤマトシロアリで知られる女王の置換※1の際に出現する。
※1:ヤマトシロアリの世界では女王アリと王アリの寿命は大きく異なり、女王アリは短命で割と早期に副女王に置換されているという見解があります。
全ての副女王は女王アリが無性生殖で作り上げたいわば「分身」です。 女王アリは自分が死ぬまでに多くの分身を作り出し、巣の爆発的な拡大を図っているのです。
他のシロアリにはない特別な特徴
さて、ここから今回の本題ですがアメリカカンザイシロアリの職蟻階級には他のシロアリにはない特別な特徴があります。
それは柔軟な分化能力です。
通常のシロアリは成長の過程で分化が行われますが、既に成熟してしまった個体はもうそこから別階級に変化することはありません。
しかしアメリカカンザイシロアリは違います。
アメリカカンザイシロアリでは、職蟻階級のシロアリはどの成長段階であっても全ての階級に分化することができるという特徴を持っています。
つまり、成熟しきった職蟻であっても関係なく分化できるのです。
そのためアメリカカンザイシロアリの職蟻階級は「擬職蟻」と呼ばれています。
実はこの擬職蟻という仕組みの存在こそが、アメリカカンザイシロアリの駆除が難しいと言われる所以なのです。
どの成長段階であっても分化ができる、これは「駆除をした際に数匹でも生き残りがいた場合、復活してくる可能性がある」ということを意味します。
つまり、木材中に点在するアメリカカンザイシロアリを全て駆除しない限り、時間の経過で被害が再発してしまうということです。
分化の様子を実際に観察!
とはいえ、私自身は擬職蟻の分化を自分の目で確認したわけではなく、理論の上からそう認識していたに過ぎませんでした。
今回の実験は、そんなアメリカカンザイシロアリの不思議な生態を知るべく行いました。
まずは分化を検証するための手順をご紹介します。
①成熟したアメリカカンザイシロアリの職蟻を10匹用意する
シロアリ1番!では、今回の実験に限らずさまざまな検証を独自に行っています。そのため、調査に使うシロアリの生育も社内で実施しています。今回は、アメリカカンザイシロアリの成体(職蟻)を実験用に10匹確保しました。
②外から内側が見える巣を用意する
分化の変化を確認するための簡易可視化巣を用意します。今回は3㎜厚のバルサ材をアクリル板で挟んで作成しました。
③巣の中にアメリカカンザイシロアリを放つ
巣の中へ先ほどの職蟻10匹を放ちます。
④経過観察を行う
職蟻たちが成長の過程で別の階級に分化するかどうかを確認します。
予想外の実験結果
分化の先は・・・
さて、アメリカカンザイシロアリの職蟻は想定通り分化を始めました。
しかし、肝心の「階級」の部分で予想とは異なる動きを始めたのです。
私の予想では、巣の中に生殖個体がいない状態で始まったことから、分化により作られる階級は真っ先に繁殖できる個体、つまり「副生殖虫階級」ではないかと考えていました。
ところが投入から約一か月後、分化したのはなんと兵蟻階級でした。
兵蟻は巣の防衛にあたる階級です。新しい個体を生み出すことよりも、守りを固めることを選んだようです。
分化したばかりの兵蟻:まだ乳白色の透明な体をしており、大顎も柔らかい。
理にかなっていると考えられなくもないのですが、巣全体で見た時に当初の10匹のアメリカカンザイシロアリの内、生存していたのは5匹のみ。巣の状況的に見ればあまり良い環境とは言えない状態でした。
新しい個体を作らなければ全滅してしまう状況で、全ての階級へ分化できると仮定した場合、真っ先に分化するのは数を増やせる副生殖虫になりそうでしたが、結果はそうはなりませんでした。
なぜこのような結果になったのか
原因としていくつかの仮説が考えられます。
まず、「環境へのストレス」です。
今回用いた巣は、動かせる巣、可視化させた巣であったことから、通常の木材と異なり過度のストレスがかかったのではないかと思います。
また、「危機感」もあったのではないかと思います。
死亡した個体が多かったことから危機感を覚え、防御の分化を選択した、というのも考えられます。
しかしこれらの考察は憶測に過ぎず、実際のところはまだ分かりません。
今後この個体群から副生殖虫が出現してくるのか、非常に興味深いですね。
その後の経過観察
現在、実験開始から既に約2ヶ月が経過しています。しかし、未だ生殖虫になる個体は現れていません。
数も5匹から3匹(内1個体は兵蟻)へと減少しており、この巣での副生殖虫の発生はないかもしれません。
死亡個体が多い理由はいくつかあります。
例えば被害材から取り出した際の衝撃でシロアリ自体が既に弱っていた可能性です。また、アメリアカンザイシロアリには、元々の木材から新しい材に移すと死亡個体が多くなる傾向があります。
原因ははっきりと解明されていませんが、恐らく何らかのストレスによるものと思われます。
そして、今回使用したバルサ材にも原因があると思われます。バルサ材は木材としては柔らかい部類にはなるのですが、横方向への繊維が多くシロアリがとても木材を食べにくそうにしている様子が伺えました。
そのため、餌がなかなか取れずに餓死してしまった可能性も考えられます。
まとめ
今回は、アメリカカンザイシロアリの分化の様子をご紹介してきました。結論として、予想外の動きを取ることを直接確かめることができました。
現在は新たな個体群での検証を実施するため、準備を進めています。
こういった生態の検証は時間こそかかるものの非常に興味深いものを我々に見せてくれますし、シロアリ駆除の新たな道筋を切り開ける可能性も十分あると考えています。
次回の検証試験にもご期待ください。
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