イエシロアリのコロニー再生に向けた新たな試み
- イエシロアリ
- 検証
Index
目次
Researcher
- 田中 勇史
-
研究室長 2007年入社
シロアリ業務技術開発課専任課長
大学では昆虫類の研究に携わる。2007年テオリアハウスクリニックに新卒入社。 これまで3000件を超える家屋の床下を調査。皇居内の施設や帝釈天といった重要文化財の蟻害調査も実施。 大学の海外調査にも協力。
interview創設女王を失った巣は合併で再生できるのか?
シロアリの社会構造は極めて精巧でありながら、一度そのバランスが崩れてしまうと簡単には立て直せません。
特にイエシロアリに関しては、私は結構顕著なんじゃないかと思ってまして、思わぬトラブルによって職蟻の半数を落としてしまったとか、創設女王がいなくなっちゃったといったことで巣が突然急速に衰えることがあるんですね。
今回、弊社で管理しているコロニーの中に、まさにそのような危機的状況に陥っているものがいるんです。

今回、合併させたい元巣コロニー
昨年10月に採集されたこのコロニーは、コロニー採集としては稀な創設ペア付きの完品コロニーとして発見されたもの。
順調な発展を期待しての飼育が始まったわけですが、飼育開始からわずか1週間で創設女王を失い、その後は副生殖虫への分化※1も確認されないまま、コロニーは縮小していくばかりでした。

衰退し、数を減らした元巣コロニー
※1. シロアリの分化について
シロアリには職蟻や兵蟻、ニンフといったように、それぞれの役割に合わせて様々な階級に別れます。
この分化というのは、主に職蟻やニンフが巣の中の状況だったり女王アリや王アリが出すフェロモンの影響によって別の階級に変化することです。

引用:シロアリ1番!(弊社運営サイト)より
通常、シロアリはニンフや職蟻が分化することによって女王の代わりとなる副生殖虫を作って、創設女王が仮にいなくなったとしても巣を維持することが可能です。それぞれニンフ型副生殖虫、職蟻型副生殖虫と呼ばれます。
実際、ヤマトシロアリではそうでした。

分化によって生産された副生殖虫(職蟻型)
しかし、イエシロアリではこの分化が著しく制限される傾向があり、創設女王を失ったコロニーの自立再生は思っている以上に厳しいものだと実感しました。
イエシロアリでは、職蟻が成長しきってしまうとそこからの分化は、極めて困難と個人的には思っています。そこで私たちはあえてこの状況を研究機会と捉えて、新たな可能性に挑戦することにしました。
研究テーマ:コロニー間の「合併」による巣の再生
今回の試みは、創設女王を失ったコロニーと、別のコロニーを意図的に合併させるというものです。
本来昆虫の世界では同種であったとしても、他群を排除するものであり、協力し合うことは稀なことなので、合併は極めてリスクの高い行動と言えます。
ですが、もしも合併したことで2つのコロニーが共存できるとしたら、新しい別のコロニー内にはまだ成長途中の職蟻も複数いることから、副生殖虫の誕生、産卵再開、巣の再生といった過程を見ることができるかもしれません。

今回は、この合併というちょっと強引な手法ではあるんですけど、創設女王を失ったイエシロアリのコロニーは、他コロニーとの合併によって再生できるのか?
その真相に迫ります。
合併の方法
昆虫類の飼育下における合併のやり方としては、主に2つの方法があります。よく知られているのはアリ類での合併方法ですね。
強制的に合併させる方法
こちらが有効に働く種類としては、温和な性格で攻撃性が低い、もしくはアリの仲間では特にハリアリに見られるものですが、同種間での仲間認識能力が弱いタイプ(※1)です。
やり方は簡単で、特に争うこともないのでそのままコロニー同士をいきなり同居させます。アリの場合では、女王アリが両方のコロニーにいる場合は成立しないことが多いので、片方は女王なしコロニーを使います。
すると、何事もなかったように両コロニーは一緒に生活を始めます。
※1. 同種間であれば、全く別のコロニーから入れた働きアリでも何も気にせず同居してしまうもの
徐々に馴染ませていく方法
こちらが有効に働く種類としては、攻撃性が高く、フェロモンでの仲間認識能力に長けている種類です。基本的に合併が難しいと言われる種類に用いられることが多いですね。
やり方は強制合併とは異なり、数匹を取り出し小さなケースに入れた後、そこへ1匹ずつ別コロニーの個体を同居させ、徐々に匂い付けをさせながら馴染ませていきます。
これを繰り返すことで、別のコロニーの個体を元巣コロニー内に増やしていくやり方です。(逆も可)
ただし、このやり方だと途中で敵だとバレてしまうことも多く、攻撃を受け始めたら失敗となります。
できる限りリスクを減らすために、冷凍庫で眠らせて仮死状態した状態で行う方法や元巣コロニーの個体(攻撃する側)の動きを制限することで強制的に攻撃できなくさせるやり方など工夫して行っている方も多いですね。
シロアリ合併で選んだやり方は「強制合併法」
選んだ理由としてはイエシロアリの場合、攻撃性ということであれば兵蟻が高いということは承知している事実です。
ただ、どちらかと言うと同種同士殺し合いをするイメージはなく、仲間が逃げる間の時間稼ぎの攻撃という認識でしたので、強制合併でもリスクは少ないと思ったからです。
実際、やってみた!
まず、女王・王のいないコロニーを用意します。


次に合併させたいコロニー(元巣コロニー)を用意:ここには女王はいないですが、王がいます。


ここで、いきなり同居させても良かったのですが、ちょっと心配になり一度少数を合わせてみて攻撃しないかだけは確認しました。


やってみたところ、やはり兵蟻や職蟻を入れても別のコロニーへ攻撃する行動は見られなかったことから、ここで一気に同居させることにしました。


しばらくは、攻撃されてもすぐに引き剥がせるよう注意深く観察を繰り返していましたが、攻撃をしている様子はなかったため、そのまま通常管理下におくことにしました。
一つ気になることとしては、頻繁ではないにしろそれぞれの職蟻で体を震わせる行動が見られ、威嚇なのか少々ストレスを感じているのかこれはちょっと判断に困りましたね。
ただ、それも時間経過と共に徐々に薄れていっていたので、問題ないと判断して同居を継続することにしたんです。
同居まもなく訪れたある変化
同居を続けること約1週間、コロニー内でとある変化が見られました。
この時の変化は、これまで全く問題なく一緒に生活していたはずの両コロニーが、突然分離を始めたように私には見えました。
どういう変化かと言うと、区画を隔ててそれぞれのコロニーが別れて生活している感じです。
これは全く予想外の展開でしたね。
普通は最初の同居さえ上手く行ってしまえば、あとは問題なく成功するはずなんですけど、嫌な兆候です。
決定的な問題が発生
嫌な兆候はあったものの、互いに攻撃している感じもないので継続して同居をさせてたところ、ついに決定的なトラブルが発生しました。
それは、元巣コロニーではない方のコロニーでなんと職蟻や兵蟻が死滅し始めたんです。※2
※2 なぜ元巣コロニーではない方のシロアリが死滅していると分かるのかというと、全く体の色が違うから直ぐに判別できるんです。
元巣コロニーの個体は全身濃い白色をしているの対し、別コロニーの個体は半透明の薄いクリーム色をしているので判別は容易です。
このような濃い白色になるのは、食べていた餌の影響が強いと思われます。

同居開始から2週間ほど経過した頃に徐々に症状が現れ、数が少なくなったなぁと感じてケースの底を見たら、たくさんの死骸が転がってました。

ただ、不思議なことに外傷などはなく、戦って死亡したようには見えないんです。
では、このコロニーを死滅させた原因は何なのかが気になるところ。
その他の原因であれば、何か菌に感染して死亡した可能性も考えられますが、元巣コロニーには変化がなく、合併させるために用意した別コロニーだけに見られたことからちょっとこれは考えにくいかなと思ってます。
今、現時点では原因究明には至っていません。
もう一つ考えられることとしては、兵蟻の額腺から出される粘着性の防御物質を付けられて、弱ってしまった可能性です。
ただ、これはあくまで推測でしかありません。
何かが起こったことは間違いないのですが、その瞬間を見ることはできなかったため、結論は謎のままですね。
現在、合併コロニーはどうなったか. . .そして今後の展開は?
結果、元のコロニーに戻ってしまいました。
その後も、別コロニーの死滅を止めることはできず、原因も分からないまま全滅、元巣コロニーだけが残りました。
相変わらず、元巣コロニー内での変化はなく、合併する前と何ら変わらない状況になってしまったことから、今回の合併実験は無念の失敗に終わるという結果に. . .
これは、ちょっと悔しいですね。
最初、敵対行動も何もなく簡単に同居を始めたので、これが簡単に成功するのならイエシロアリの増殖方法に新たな扉が開かれるかと思われたのですが、そう甘くはなかったです。
ただ、可能性はまだ残っていて、これから原因究明はしていかないといけませんが、もう一つの合併方法ではどうなのか?兵蟻を除外した状態で合併すれば成功する?若いコロニー同士ならいけたりするのか?試してみたいことがどんどん出てきました。
結果としては失敗に終わりましたが、実験とはこういうもので失敗の中からも新しい発見やヒントが隠されていることも多々あるので、これを私は良い方向での失敗と捉えようと思います。
まだ全然私は諦めてません。
今後の展開に乞うご期待ということで、また次回も楽しみにしててください。
Related
関連記事
-
「ヒノキ材がアメリカカンザイシロアリに対して本当に防蟻効果を持つのか」マツ材との比較を通じて検証
-
除草剤によるシロアリへの影響|ベイト工法を行った場所に除草剤処理はできるのか【液状タイプ編】
-
生成AIのシロアリに関する回答にツッコミを入れてみた!